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三浦半島そぞろ歩き、馬堀海岸、走水神社
8月13日から8月16日までの旧盆休暇、毎年恒例のただひたすら歩くだけの簡単ブログです。


8月15日

ベースの金沢文庫事務所を10時45分出発、昨日同様つれあいと一緒です。

毎日暑いのに本当に元気ですね。

本日の天気は現在のところ良好です。


以前は浦賀より、バスで観音崎経由で行ったので、今回は、一つ手前の京急馬堀海岸駅で降り、真っ直ぐ海岸線まで出ます。

海岸線は海辺アートペイントの歩道専用道路となっており、約1時間半ひたすら観音崎方面へ向かって歩きます。

人の閑散としたガラガラの走水海岸の海水浴場を通り過ぎ、一山超えると走水神社のバス停を見つけ、右に折れるとそこは走水神社でした。

走水神社鳥居


奥の院



   
少々走水について説明します。


走水は古事記や日本書紀にも出てくる地名で、足柄峠を越えて相模の国に入った古代東海道で、鎌倉を経て走水に至り、ここから海路をたどって上総の国へ通じていた。

走水神社はそのゆかりの地にあり、神社の社務所窓口に置かれていたポイントガイドに下記のような説明が記されていました。

景行天皇の御代、東征中の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)は、古代東海道をたどって来たり走水から船で上総へ渡ろうとしたが、暴風雨に阻まれ、立ち往生してしまった。

この時、同行してきた弟橘姫(オトタチバナノヒメ)がみずから入水して海神の怒りを鎮め、航海の安全を図ったという伝説にちなみ、創建された古社。

日本武尊は、公開に先立ち当地を「水走る」と称えたことから走水の地名が起こったという。

また、日本武尊は、わが身を犠牲にして海を鎮めてくれた弟橘姫を偲び、御所ヶ崎に祭る一方、村人の敬慕に謝し冠を下賜されたといわれる。

村人はこの冠を石棺に納め、その上に社殿を建立して尊を祭ったのが始まりといわれる。
明治43年、近くの御所ヶ崎に祭られていた弟橘姫は走水神社に合祀された。

境内に弟橘姫の顕彰と公開の安全の祈願をこめて奉納された「舵の碑」がある。


舵の碑




奥の院一番高い所に露国機械水雷という一風変わった物が祭られていました。

露国機械水雷




境内には針の碑や、包丁塚、弟橘姫の歌碑とか有ります。

舵の碑



忘れていけないのが走水の湧水です。

境内の中には富士山から長い年月をかけて湧き出ていると言われる井戸が有ります。

水汲み場から飲んだ冷たくミネラルたっぷりの水はたまりませんでした。

そこで昼のおにぎりを食べた後は、ゆっくりとバスで堀の内までバスで戻り、そこから再度海のプロムナードをひたすらに歩き始めました。

1時間半位歩いて横須賀魚市場を通り過ぎ、目の前に昨日の猿島を見て、京急県立大学駅から無事5時頃帰社となりました。

本日もたっぷり汗をかきました。

本当にご苦労様でした。


私の拙いHPも見てくださいね。これが本命です。

http://hamatre.web.fc2.com/toppage.htm

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