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燃える闘魂、スカイクエストコムの中で皆様にメッセージ
前回は、アントニオ猪木さんの糖尿病についてのお話しでしたが、インタビュー最後に、猪木さんが皆さんに対してメッセージを残しています。


<なおこのブログは、スカイクエストの、eラーニングのセミナーの中の日本人の優れた講演者から学ぶの中から、一部を抜粋してご紹介しています。

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インタビューの途中に猪木さんから、成功を目指すスカイクエストコム会員へと、目標をしっかり定めてやれば必ず成功しますと、力強い、暖かなメッセージを頂きました。


アントニオ猪木さんは、一番最後に皆さんに対してのメッセージとして、

昔、ある和尚さんから、色紙に書いてもらった言葉があります。


今まで、柔和な優しい語り口が一転して、力強く、野太く語ります。


「この道を行けばどうなるものか。


危ぶむなかれ。


危ぶめば道はなし。」


「踏み出せば、その一足が道となり、その一足が道となる。


迷わず行けよ。


行けばわかるさ。」

この言葉は、自らの引退試合での引退メッセージとして、ファンに贈った言葉でもあります。

これは以後、新日本プロレスの道場訓となりました。


次回をお楽しみに。


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【2006/09/12】  この記事のURL | アントニオ猪木 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
アントニオ猪木さん、スカイクエストコムで糖尿病克服を語る
前回、アントニオ猪木さんは異種格闘競技について話しましたが、今回は糖尿病についてお話しています。

このブログはアントニオ猪木さんが、スカイクエストコムのeラーンニングセミナーの中の日本人の優れた講演者から学ぶのコーナーにインタビューの形で収録されている一部をご紹介しています。


スカイクエストコムに参加するには⇒http://hamatre.web.fc2.com/toppage.htmこのHPの中の参加する方法をご覧下さい。

糖尿病のショック


猪木さんが40代に差し掛かった頃、韓国の斉州島へ名誉市民としての表彰で行った時であります。

時間があったので釣りに行ったところ、風気味で体がだるくて、熱が中々下がらない。


すぐ日本へ帰って病院へ行ったところ、血糖値が500を越え通常であれば死んでもおかしくないと、合併症を起こすかもしれないので、即入院となりました。


その時、医者からもうプロレスはできませんよ。

言われたことが大ショックだったそうです。

本当に、これからの人生が真っ暗になりました。


挫折を乗り越えた方法


病院で何度も階段を登ったり降りたりして、血糖値が段々下がってきました。

自分に他する自身が徐々に戻ってきたので、リングに復帰する事にしたそうです。


今迄は、選手として自己コントロールしていたが、これからは体調も管理する、自分としての自己コントロールを合わせて取り組むようになりました。


テレビで良く見たことの有る人が多いとは思いますが、真冬に水風呂、暖かくなると氷風呂に入り、朝から体をシャッキとさせてシメル事と良くやりました。

(これはどなたにも薦めるわけにはいけませんが、猪木さん自身は効果があったそうです。)


食べ物も一番カロリーが低い物を選んで食べたそうです。


どのように血糖値をコントロールするか、病院のドクターと相談して書いた本があります。

現在、日本には糖尿病患者が1500万人いるそうです。

少しでもお役に立てばと思い書いた本です。



あなたの体も危ない!―糖尿病1600万人を救う魔法の杖 あなたの体も危ない!―糖尿病1600万人を救う魔法の杖
アントニオ猪木、舘 一男 他 (2005/09)
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糖尿病の患者の皆さんへのメッセージ

猪木さんは毎日いろんな人からお付き合いや、会食に呼ばれるそうです。


自分は糖尿ですから、食事は食べられないとはいえないので、特別なペン位の大きさのインシュリンがすぐ分かるものものをいつも持ち、自分の現在の血糖値状態を把握する事で、いつも自分のメモリが分かっているので、食べてもカロリーが上がらない物、メモリが上がらない物を選んで食べたりします。


食べたいものがある時は、自分のメモリの範囲内にするとかして、自分の血糖値をいつもチェックして、ワインも毎晩2本位は飲み、食べたい物はしっかり食べるようにしているそうです。


正常人とほぼ同じ様な食事をしているそうです。

凄い自己管理、自己コントロールですね。

さすが鍛えた体のことはありますね。


次回もお楽しみ下さい。


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【2006/09/11】  この記事のURL | アントニオ猪木 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
燃える闘魂アントニオ猪木さんスカイクエストコムで異種格闘技を語る
前回は、一番の元気でいられる今の土台となったブラジル移住での経験を、インタビューの形でスカイクエストコムのeラーニングで実に穏やかに、ソフトな語り口で話しています。

                                いつもリング上で見られる、燃える闘魂、いくぞー1!2!3!ダァーーツ、からは、とても想像がつきませんでした。

非常に優しく、解りやすい語りべで,私達に話しかけてくれます。


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今回は、異種格闘競技についてお話しております。


「プロレスこそ全ての格闘技頂点である」、というストロングスタイルを標榜し、最強の証明のため、1976年2月、ミュンヘンオリンピック柔道無差別級金メダリスト、ウイルアム・ルスカを初め(バックドロップ3連発で勝利)。


1976年6月、プロボクシング世界ヘビー級チャンピォン、モハメド・アリと対戦(時間切れ引き分け)。

1980年8月、極真空手所属の通称熊殺し、ウィリー・ウイリアムスと対戦(ドクターストップの無効試合)。


いろいろありましたが、最も印象が残った試合としてモハメド・アリ戦をインタビューで答えていました。その当時、世界ヘビー級チャンピォンのスーパースターであるモハメド・アリ(通称ほら吹きクレイ、本名カシアス・クレイ)に挑戦する。


リングに上がる前は、たくさんのプレッシャーが有りましたが、一度リングに上がれば戦い抜くという気持ちで戦ったと話でいました。


恐怖を乗り越える方法として、


練習を、とにかくもう目一杯やったと思うところまでやる。また、相手の新しい情報が入れば、それに対処すべき練習を徹底してやる。更にまた、新情報があれば、同じ様に徹底して練習して、恐怖を乗り切ったそうです。


リング上で有名になったあのアリキックは、


なにしろアリは、当時世界最強のハードパンチャーで、試合中のグローブを通常12オンスのところ、4オンスで色々な物を入れてガチガチに硬くしてあり、一発食らえば確実にノックアウトになる。


そのような状況下で、猪木がリングマットを背にして繰り出す強烈なアリキックが生まれました。


予断ですが、試合後に猪木に食らったアリキックのため、アリの太ももは激しく晴れ上がり、1週間近い入院生活があったという逸話がある。


もう一つ、パキスタンでのルールの無い殺し合いを上げています。

今でも猪木さんの手には、相手に噛み付かれた後が大きく残っており、猪木さんも相手の目に手を入れ、やり返したそうです。


どちらが勝ったか負けたか分からないような凄惨の試合の後、試合の始まる前から軍隊がリングの外で警戒をしてはいたが、

アントニオ猪木は、パキスタンのヒーローを倒したということで、観衆全員が殺気立ち、暴動が起こりそうで、リングから降りて出て行かれない状況になったそうです。


その時アントニオ猪木は、リング上でいつものよう、勝利の時両手を大きく挙げてセレモニーのしぐさをしたところ、今まで暴動が起きそうな殺気だった状態が、徐々に波が引くようにザワザワと静まり反って行ったそうです。


何でも、イスラム世界では、両手を挙げる事はアラーの神に対する忠誠みたいなもので、その時猪木さんはラッキィーとか、そんな物ではなく、不思議なとてつもない運命みたいなものを感じたと言ってます。


その相手のヒーローは、残念ながら3ヶ月後に亡くなったそうで、何ともいえない後味の悪い試合でしたと言う事でした。


私は、あの晴れやかなアントニオ猪木さんをテレビでしか見ていませんでしたが、今回の異種格闘競技に壮絶な凄みを感じました。


次回もアントニオ猪木さんの糖尿病克服とか、環境問題とかをお話します。


これからスカイクエストコムに参加し、セミナーを楽しみ、一緒にスカイクエストから報酬をもぎ取ろうでは有りませんか。

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【2006/09/07】  この記事のURL | アントニオ猪木 | CM(0) | TB(1) | ▲ top
あのアントニオ猪木さん、スカイクエストコムにeラーニングで登場
皆様ご存知のあの有名なアントニオ猪木さんが、スカイクエストコムのセミナーの中、日本人の優れた講演者から学ぶのコーナーに、インタビューの形で約1時間登場しています。


燃える闘魂、アントン、いくぞー!1!2!3!ダーーッ、で日本中知らない人は極僅かと思います。

意外や意外!

話し方が何ともいえなく優しく、ソフトな語り口で思わずうっとり聞き惚れました。


外国のお名の有る有名な人だけでなく、日本人のセミナーも結構面白く、非常に解りやすく、タメになります。

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本名 猪木寛治さん、元プロレスラー、現在63歳。

プロフィールは皆さんのほうがご存知と思いますので、省略させていただきます。


今回のインタビューでは、

成功とは自分の行いに満足した結果得られるもの、つまり自分しか分からないものとお話し、


◆夢とビジョンを持つ事の重要性

◆忍耐力の必要性

◆困難を乗り切る方法

◆精神的かつ、身体的健康を維持する事の重要性

◆後悔の無い人生を送る方法

上記五つの点を中心にインタビューに対してお話していました。


プロレスラーになったきっかけから始まり、プロレスラーになるための訓練までのお話から、

戦後、テレビとプロレスの歩みは全く同じでした。

その頃は、街頭テレビえプロレスを中継したので、プロレスが大人気になると、テレビが売れ、テレビが普及するとプロレスが益々盛んになるという状態でした。

その頃の猪木さんは未だ小学生で、力道山が外国人レスラーを、バッタバッタとなぎ倒すヒーローに憧れたそうです。

猪木さんは、良く皆さんから今までの頑張ってこられた元気の元は何ですか?と問われます。

考えると、ブラジルへの約3年の移住の経験が今の土台となったとお話しています。

14歳の時、ブラジルへ一家で移住(渡航中、祖父が死去)、サンパウロ周辺の農場で、過酷な少年時代を過ごしたそうです。

電気も、水道も無く、トイレも無い農場で余りにも過酷な労働を強いられました。

コーヒー豆を収穫する作業が中心だったが、作業の度に手の皮が擦り剥けになり、血まみれになったといいます。

1年はの契約だった為逃げる事もできなかった。

他の農場の脱走した者たちの中には、牧場主に射殺された者もいたといいます。

余りにも過酷な為、作業が終わり与えられた電気も通っていない小屋に戻り、着替える為にTシャツを脱ぐと、Tシャツに染みこんだ汗の塩分の為、Tシャツが固まって立ったほどだったという。

猪木さんの精神力は、このブラジルでの生活で強く培われたといえます。

その後、ブラジルに遠征の来た力道山との運命的な出会いにより、「日本に行くぞ」とスカウトされてプロレス界いりをしました。

今回は此処までです。

次回は、異種格闘競技、スポーツ平和党や環境問題についてお話します。

次の私のHPスカイクエストコム紹介ページをご覧頂き、奮ってスカイクエストコムに皆様でご参加下さい。http://hamatre.web.fc2.com/toppage.htm



猪木さんの著書、2~3個ご紹介します。




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