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矢沢永吉、不器用だから止まらない
日経新聞の中で、矢沢永吉氏の記事を見つけました。


4月29日、詩歌・教養欄の“究める”のページです。


すごく意外感あり、日経の中で矢沢の永チャンを取り上げるなんて、かっこいいすね。


書き出しはこんな感じです。


『団塊世代が退職したら、郊外に移り住んで悠々自適だって言うじゃない。


冗談じゃないよ。

リタイアなんてしたら本当に屍になっちゃう」


五十七歳の矢沢永吉の闘争宣言だ。


「歳をとったからこそ、単純なガッツが必要だ」


相変わらずかっこいいすね~。


キマッテイルもんね。


何故、矢沢の永ちゃんを取り上げたかというと、実は自分、昔から根っからのファンだったのでした。


広島から夜汽車で上京して、”成り上がり”スーパースターの名をほしいままにした。


年齢を重ね「まいったなー」と頭をかいてもサマになる男。


そんな矢沢を支えてきたのは、ある種の臆病さだ。


『屍になる」というように、時々の不安と対峙してきた。


キャロル結成まで、


1968年、高校を卒業と同時に広島から、トランクとギターとアルバイトで貯めた5万円を握り締めて最終の夜行で上京。


が横浜で途中下車。(ビートルズが港町の出身で、横浜も港町ということで途中下車したとは、本人談)。


チャイナタウンなどで働きながらバンド活動を始める。


横浜、横須賀、川崎などのライブハウスやキャバレー、兵隊の集まるゴーゴーークラブで歌う。


余談になりますが、中区横浜スタジアムから大桟橋にいく大通り沿いに、”洋食 梅香亭”というレトロ風の洋食屋があります。


裁判所の真向かいの、本当に昭和のにおいがプンプンの、洋食屋さんです。


中には古いウイスキーのポスターや、カレーライスやハヤシライスを食べながら一杯飲るというような、知る人ぞ知るという、横浜でも隠れた名所でもあります。


十何年か前、オーナーの名物おばあちゃんに聞いた事が有りました。


このレストランの二階に、キャロル時代の永ちゃんが何年か下宿していたそうです。


いつも飲みに行くと、外国旅行の大好きなオーナーの美代子おばあちゃんが、楽しそうに永ちゃんの思い出話をしてくれました。


名物おばあちゃんも今は亡くなり、少し寂しいです。


横浜って中々いけるでしょう、、、、このような話をさりげなくするんだもんね。


日経新聞、”究める”記事の紹介です。
拡大にしてご覧下さい・


矢沢永吉



いまさら矢沢の永ちゃんのこと、紹介するまでもありませんが、こんな事を思い出しました。

かなり昔の話になりますが、仕事で車を運転しているとき、ラジオのディスクジョッキーが曲紹介している最中に、


突然矢沢の永ちゃんのかなりトッポイトーンで、ビッグにいこうぜ、ビッグ、ビッグだぞと、ガナリ立てていたこと、強く印象に残っています。


確かその時、未だキャロルをデビューして間もない頃だったと思いますが、十メートル先のタバコやにも、キャデラックで行って、ハイライト一個をぴゅっとかえるぐらいの男になりたいですね、といってた有名語録を思い出しました。


最後に、

どこまで走り続けるのか。

「不器用だからね。

うまく止まれないんですよ。

転んじゃいそうで」


週に三度は、「べろんべろんになるまで」酒を飲む。

「明るいうちからホテルのバーでドライマティーニ、最高だね」

長距離走者にも休息は必要だ。


最後の最後までかっこいいすね~、シビレマスワ。

矢沢の永ちゃん、

ハートに汗して、永遠のスーパースターに乾杯。

いつまでもビッグでね。


次回もまた熱いやつを送りますので、乞う、ご期待!

お楽しみに。



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【2007/06/07】  この記事のURL | 矢沢永吉 | CM(2) | TB(4) | ▲ top
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