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三浦半島観音崎灯台~横須賀美術館、走水神社そぞろ歩き
三浦半島そぞろ歩き第2弾、
翌8月16日、観音崎灯台から走水神社までの真夏のウォーキング、よくやりますよね~。


いつものよう金沢文庫駅スタートAM11時、本日も天気真夏日でした。


30分ぐらいで終点の浦賀駅、この時間帯だと遅いのか人の流れがゆったりとしています。


浦賀駅ちょっとした高台にあり。


浦賀駅



観音崎の岬までは路線バスで約10分、スタートが遅いのでえらく空いてます。


観音崎案内板



終点のターミナルから、海水浴の行楽客やバーベキューをしている楽しい人達の間を抜けて、
ゆっくり歩いて15分位で観音崎灯台に到着します。


観音崎海辺



途中の無縁仏群です。


無縁仏



墓石群のそばに寂光土と名のついた説明書きが目につきました。


寂光土



急な坂道は鬱蒼と茂った木々に囲まれ、その道をエンエンと登ると目の前にポッコリ現れたのは、粋でスマートで灯台の貴婦人のような、観音崎灯台です。


観音崎燈台



展望台からの遠望、眺望です。


遠望



眺望




狭い灯台の中の螺旋階段の壁には、日本中の名のある灯台の写真で一杯です。

その中でもやっぱり観音崎は群を抜いて天下一品、最高の貴婦人です。

室戸岬灯台写真です。

室戸崎燈台




あの美空ひばりの歌で有名な塩屋崎灯台です。


塩屋崎燈台



見てください、やっぱし観音崎灯台は立派でした。


観音崎燈台2



帰り道、この観音崎にゆかりの深い、視覚の詩人といわれた西脇順三郎の石碑、”燈台に続く道”ゆっくりと御賞味あれ。

燈台に続く道


西脇順三郎



早速燈台を後にして、今年の春にオープンした横須賀美術館に向かいます。

歩いて10分、ちょうどすぐ近くのリゾートホテル、京急観音崎ホテルの真向かいに瀟洒な建物です。


横須賀美術館



予想以上に結構大きな美術館です。

ちょうど特別展として、イギリスの海に生きた素朴の画家として有名な”アルフレッド・ウォリス展が展示されて、初めてでしたが十分に閲覧しました。

船乗りとして前半生を海の上に暮らした後、60歳を過ぎてから描き始めた異色の画家です。


一見稚拙ながら生命力にあふれた作品の魅力を紹介していました。


ただし、自分としてはどの絵を見ても暗い彩色を多用していて、残念ながら次も見たいという気にはならなかったですね。

常設館として別館には、週刊新潮の表紙絵として有名な谷内六郎館があります。

ちょうど今は1958~1959の表紙絵を展示していました。

週刊新潮の素朴な表紙絵を知らない人はまずいないと思いますが、チャンスが有ったら一度必見に値します。


その青木繁三郎とか結構有名画人や、横須賀や観音崎のように海のゆかりに深い人達の絵が多いです。

お腹が空いたので時間を見たら2時40分、1時頃入館したのでもう十分、昼飯を食う為走水神社へと向かいます。

美術館より、バス停2個分先歩きます、意外と近いです。


走水神社の鳥居です。

走水神社鳥居



横須賀風物詩百選には次のような事が書かれていました。

走水の地名はすでに古事記(712年)や日本書紀(720年)のなかに現れています。

走水神社の祭神は、日本武尊とその后、弟橘媛の命の2柱です。


走水百選



入り口に水琴窟あり。
今時、めったに見れない代物です。

水琴窟



竹筒に耳を血被けると、かなりオクターブの高いキン、コン、キーンと甲高い音色がなんとも爽やかさが、このこの糞暑い暑気醒ましにピッタリでした。

皆さん、走水神社の名水、ご存知ですか?

元をただせば富士山の伏流水を源として、関東近県にも名を轟く名水として知られています。

走水名水場



この名水と一緒に美味しい美味しいおにぎりをを頂き、上の祠で参拝しました。

昨年の8月16日に我々は、今回と逆のコースで走水神社に来ました。




ちょうど三浦半島そぞろ歩きの中のバックナンバーに詳しく走水神社の由来とか写真を沢山つけていますので、一度バックナンバーからご覧下さいませ。

近くの京急の馬堀海岸駅までは、ここから路線バスで10分位です。

今回も、5時には金沢文庫の我がオフィスに戻れ、近くて楽しい見るところ沢山の三浦半島そぞろ歩き、また挑戦したいと思います。

ご期待下さい。

また御機嫌よう。



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【2007/09/02】  この記事のURL | 三浦半島そぞろ歩き | CM(5) | TB(0) | ▲ top
三浦半島そぞろ歩き、ソレイユの丘
暫くご無沙汰でした。

ブログの更新、少々体調悪く、少々ご無沙汰でした。


それにもめげず、恒例のお盆休みの三浦半島そぞろ歩き、再び挑戦しました。


聞いてください、どうぞ見てやって下さい。


8月の15日、旧盆の真っ盛りの中、いつものよう金沢文庫の駅を我が連れ合いと二人で、ゆっくりと11時頃スタートしました。


天気は上々でも、本日も真夏日の35度を越える滅茶苦茶暑く、歩きには少々きついですね。


あっという間の30分で終点の三崎口到着です。


三崎口駅




確か4年前の2003年の5月頃、三崎口からキャベツ畑やスイカ畑の間を歩きながら、荒崎まで3時間ぐらいかけて歩いた事が有りました。


その時、今回の目的地ソレイユの丘は未だ出来てなく、その予定地の間を通って荒崎に着いたのですが、あの頃は3~4時間歩いても元気だったんですね。


三崎口のバスロータリーをすぐ右折し、ただひたすらに路線バス通りを歩く事約1時間と30分で、ソレイユの丘入り口到着です。


途中ただ歩くのも面白くないので、綺麗な花を見つけては休みやすみです。


赤い花


ヒマワリ



前回歩いたルートとはかなり違い、134号線沿いにソレイユの丘入り口と新しい近道の表示が出ていました。

さあ、ソレイユの丘ゲートです。


ソレイユの丘ゲート



無料ですのでご安心を。

さあ、早速中を案内しましょうと思いましたが、おなかが空いたので海と夕日の広場の休憩所で、途中コンビニで仕入れたおにぎりを補給です。

またこれがうまい事うまい事、たまりません。

暑さもピークに達したので熱中症に注意し、既にスポーツ飲料1リッターは飲きました。

最初にすぐキッチンガーデンがあり、ハーブなどの香りやサイト色とりどりの花が、、、、、、


キッチンガーデン



唐辛子




続いて乗馬場、気軽に馬との触れ合い、乗馬体験も出来けっこうよさそうです。


乗馬場



ここでチュウチュウトレインの登場です。


チュウチュウトレイン



場内唯一の交通手段です。
派手にポーッ、ポーッと音楽と合わせて通っていきました。

次は水の広場です。

ちっちゃな子供たちが遊ぶジャブジャブ池、推進5~30cmの池は、子供たちの天国です。



スワン型の足漕ぎボートは、親子ペアで一杯です。


スワン型ボート



時刻は2時半、突如水上ステージで音もたからにフラダンスのアトラクションが始まりました。

さあ、フラガール・オン・ステージです。


フラガール1



フラガール2




1時間ほどフラガールの笑顔とセクシーなフラダンスを堪能し、キッズガーデンに戻りました。


中々カラフルです。


キッズガーデン




最後に彩り農園の野菜畑を通り一周して終了です。
はい、キャベツ畑の自分の奥さんです。

キャベツ畑




これで最終、


4時過ぎの路線バスで帰ると、金沢文庫のマイオフィス到着5時でした。


ほんと!京急沿線はスタート遅くても帰りは早く、しっかり堪能出来ました。


三浦半島そぞろ歩き、万歳!万歳!


次回も連載で三浦半島そぞろ歩き、お伝えします。


お楽しみに。


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【2007/08/26】  この記事のURL | 三浦半島そぞろ歩き | CM(0) | TB(0) | ▲ top
木坂健宣氏、ネットビジネス19の神話の世界
ネットビジネス大百科を購入以来、、、、


連日のごとく木村健宣氏の”MODULE2”「読んだ人がお金を払わずには夜も眠れなくなってしまう、強烈なセールスレターを一週間で書き上げる」、の音声を聴き続けています。



彼独特のバリトンの効いたトーン、大上段に構えず、さらりと流すようなちょっとシニカルな話し方、たまには少しきつい皮肉を交え、聞く者をどんどん魅了する話し方は、爽やかさを感じ、次も次も聞こうじゃないかと、完全にはまります。


ファイル1~ファイル10の構成で、一つのファイル自体は約30分ぐらいです。



合計約300分、大作です。

特にセールスレターにも書いてありますが、


「どんなに苦労して書いても読まれなければ意味がない・・・あなたが書いたセールスレターを確実に読ませる(そして買う気にさせる)強力な“フック”を見つける方法とは?

(「フック」というのは木坂さんがよく使う言葉ですが、この言葉の意味がわかって初めて強力なヘッドコピーを書くことができるようになります)」


このようなフックがところかしこと、沢山出てきます。

これ何かは取って置きの言葉ですよね。



「 たとえSEXの最中であっても中断してあなたのセールスレターを読んでしまう・・
・・

人間がそれほど普遍的に求めているあるものとは?


(これをセールスレターに仕掛けるだけで、たとえどんなものを売っていたとしても売り上げは激増します・・・)」


このような文章が書かれていたら、誰でも見たくなるではありませんか。

流石ですね。

見事という他有りません。

自分なんかは、どうしてどうしてと連発しながら必ず覗き見に行きます。



これなんかもとっても面白いフックですね。



「海外の高級レストランのあるウエイターだけがこっそり使っている、あなたの売り上げを爆発させ、なおかつあなたの信者を量産してしまうある心理的トリックとは?




(この方法を使って固定客を獲得し、しかも彼らから信じられない金額のチップを受け取っているウエイターは、実は他のウエイターと同じことをしているだけなのですが・・・)




3人のウエイターが同じようなサービスをして、一人だけが何倍のチップをもらうというとっても興味しんしんのお話でした。




この題材で、セールスレターで効果あるボーナスの出し方を披露しています。




究極の駄目押しはこれでしょう。



「これに勝るコピーライティング用の教材が、世界のどこかにあれば教えてください。

何語であっても構いませんから。



必ずそれを上回るものを作り上げてあなたに無料で差し上げます。」

木坂健宣


実績と豊富な知識に裏付けられた自信、

これでもか、これでもかと読み手を巻き込む最高なブレッドの繰り返しは、最高の傑作といわれる所以でしょう。


自分が木坂健宣氏の音声に夢中になって聴き続けるのがおわかりと思います。


前回、この木坂健宣氏の独得の世界のバックボーンともいえる「ネットビジネス19の神話」をご紹介しますとご連絡しましたが、



残念です。

突然サイトがクローズしてしまいました。



こんにちは。

和佐です。



どーも^^


「19の神話」読んでくれました?

かなり衝撃的だったんじゃないでしょうか?



まだ読んでない方は今直ぐ読んで下さいね。



⇒ http://www.blog-manual.com/link/sinwa.htm">


和佐大輔氏より以前メールでいただいたものでしたが、



この間まではオープンしていました。

重ねて残念です。

余りにも残念なので、検索して無料レポートを探してきました。


ネットビジネス大百科だけでなく、この神話も併用して聞きますと、更に木坂健宣氏のネットビジネスに対する造詣の深さが理解される事と思います。



無料レポートで少し迫力がなくなりましたが、ご覧頂けたら嬉しいです。


ネットビジネス取って置きの19の神話


" target="_blank">http://www.free-book.jp/report.php?rp_cd=6409&rf_mb_cd=4177">
        



次回は引き続きしっかりリサーチしてからレポートしますので、引き続き宜しくお願いします。




和佐大輔と木坂健宣のネットビジネス大百科






和佐大輔と木坂健宣のネットビジネス大百科

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【2007/07/13】  この記事のURL | ビジネス | CM(1) | TB(0) | ▲ top
木坂健宣し、ネットビジネス大百科の用語集を作りました。
今回、ネットビジネス大百科のセールスレターを読んでみて、和佐大輔氏はともかく、特に木坂健宣氏のネットビジネスに相対する考え方、ネットビジネスの造詣の深さ、

そしてビジネスに対して木坂健宣氏独特のポリシーを持っている事、その他色々
木坂氏に対し、格別な興味と人一倍強い好奇心が沸き起こりました。


こりゃあー、大変面白い人だ。

もっと、もっと知りたいなあと思っているところ、


そのさなか、先日和佐大輔氏と木坂健宣氏よりメールが届きました。


で、今日は、木坂さんが、ネットビジネスに関しての用語集を

作ってくれたのでお知らせします。

作成者である木坂さんから、メッセージをもらいました。


↓(ここから)


こんにちは、木坂です。

今回は、僕が書き下ろした「ビジネスをする際によく目にする用語集」の
ダウンロード案内をお知らせしたくてメールを書かせていただきました。


結構いるんです、基本的な用語の正しい意味を知らない人。


もちろん、初めは誰だって知りませんから、それは全く悪いことでは
ありませんし、恥ずかしいことでもないです。


問題なのは、それを的確に調べるツールなり辞書なりが、
あまり整備されていないということ。


人に聞いたり、いろんなメルマガ読んだり、商材買ったりして
学ぶのが基本なのですが、結構作者が適当に使っている場合も多いし、
むしろ間違った使い方をしているケースもある。


そして、実際にビジネスをする場合に、使えない形で、
単なる辞書みたいな形で説明されているものが多い。


もっと楽しく使えるようにならないかなーと思ってたんですが、
イマイチ見つからないので僕が自分で作りました(笑)。


企画から執筆、編集まで全て僕一人の手で作っています。

通常、僕がこういったものを書くときは、ちょうど
「ネットビジネス19の神話」の時のように、企画とアウトラインだけ
作って信頼のおけるライターの方に原稿をお願いすることが
ほとんどです。


ですから、今回のように、1から10まで全てを僕が行った単発
ものというのは結構少ないと思います。


つまり、それだけ意味があるということです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


意味があると言うか、僕がわざわざやる意味があった、と。

僕にしか書けない用語集にしたかった。

そーゆーことです。


ダウンロードする前に、一つ注意です。

僕にしか書けないということは、いつも僕の文章を読んでくれて
いるとしたらわかると思いますが、


皮肉が、そして批判がいっぱい書いてあります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


もちろん、誰かをバカにしたいわけではありません(なぜかそう感じる方も
中にはごくまれにいるようですが・・・)。


批判や皮肉を叩き台にして、何かのメッセージを、正しい知識を、
伝えようとしているだけなのです。


皮肉や批判は、手段でこそあれ、目的ではありません。

しかし、もしも嫌な気持ちになったら、ごめんなさい。

でも、これが僕の持ち味なんで。


辞書のような、誰にでも書けるような、無機的で、味気ない無味乾燥な
用語集なんて、僕が書く意味もないし、もはやいろんなところで
提供されているので必要すらないでしょう。


読み物としても堪えうる用語集。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


今回僕が作ったのは、これです。

笑えるときもあれば、ムカつく時もある。

挑発されているように感じることもあれば、誰かを小バカにしているように
感じることもある。


感心すること、納得すること、悲しくなること、嬉しくなること、
怒りがこみ上げてくること、楽しくなること、虚しくなること、
いろいろあると思います。


そのように意図して書いていますから。

言葉遊びのような、一見意味のわからない文章やフレーズも
入れてあります。


ですので、僕の発言や文章でイチイチイラっときて堪えられない
という場合は、決して読まないでくださいね。


「ムカつきます」


なんてメールされても困りますんで、あらかじめ言っておきます。


では、ダウンロードリンクです。


http://nbencyclopedia.com/encyclopedia/Net_Terminology_1.pdf


あ、タイトルはちょっとピンク色な匂いがしますが、
内容には一切ピンク的な事柄は入っていませんので、あしからず(苦笑)。


しかしながら、大人な精神を持った人でないと、ゆったりした
気持ちでは楽しめない。


そんな、ある意味で「過激」な内容になってますので、
そんなつもりで開いてくださいね。


わずか15ページ程度の内容ですが、ひとつでも多くの学びが
あればいいなあと思っております。


↑(ここまで)


木坂さんがこーゆーレポートを作ってくれるのは稀です。

普通とは違う用語集。

用語集なのに面白い。

見て笑って、学んでください。

では、また今度^^



         和佐大輔


読んでみていかかですか?

非常に個性があって、今までの通常の枠内には収まらない魅力があります。

何か追っかけファンになりそうです。


文章の中ほどに「ネットビジネスの19の神話」木坂健宣氏が作ったレポートが有ります。

以前、和佐大輔氏のメルマガで紹介されたレポートですが、木坂健宣氏独特の節回しで、ネットビジネス界を客観的に痛烈に自分の意見を展開しています、


特に私自分は、ああそうかと、納得できるものばかりでした。


なるほど、これが踏み台になっているから、あのような素晴らしいネットビジネス大百科が完成したんだなと一人合点しています。


自分は、毎日”MODULE2”「木坂健宣氏の読んだ日がお金を払わずには夜も眠れなくなってしまう、、強烈なセールスレターを一週間で書き上げる」を、音声で聞いています。


木坂氏の声が響きがとってもいいんですよ。

ファイル10個有りますがとても聴きやすいです。


次回は「木坂健宣氏の「ネットビジネスの19の神話」をお届けします。


決して期待を裏切らない”68ページ”の力作です。

セールスレターと合わせて読むと、納得、納得です。


あのセールスレターは、読めば読むほど味がありますね~。


乞う、ご期待です。



和佐大輔と木坂健宣のネットビジネス大百科






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【2007/07/01】  この記事のURL | ネットビジネス大百科 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
ネットビジネス大百科、和佐大輔の、私の声を使って下さい。
6月24日、和佐大輔氏より次のようなメールが有りました。


さて、今日の本題ですが、hamatreさんが、
アフィリエイトをしやすいように、

自由に使っていい音声素材を用意しました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

アフィリエイトする時に、この音声のリンクも
貼っておくと、成約率が一気に上がります。

相当気合を入れて作った音声です。


ちなみに、この音声を使ってアフィリエイトした
ときの成約率は、7.42%でした。
   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
こちらがその音声です。

http://nbencyclopedia.com/dl/voice01.mp3


このURLをそのまま
コピーして、ネットビジネ
ス大百科を紹介してください。


コピーして張り付けるだけですので、手間はかか
りません。

http://nbencyclopedia.com/dl/voice01.mp3


こちらのURLを必ずコピーして使ってくださいね。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

約1時間弱の音声は、和佐大介氏が情報起業について一杯話してます。

これを聞いてセールスレターを読み返すと更に理解できます。


とにかく聞いてください。

声が大きく聞きやすいです。



特に最後の部分、


1.言い訳はしない事。

  例えば、時間がないから出来ないとか、、、、、

  なければ作ればいいじゃないか。


2、やりたくない事はやらない。

  やりたい事をやる。

  苦痛になる事はやらない。
  
  例えば、アフィリエイトを紹介している場合、苦痛に感じたらやらない事。

  そして、2~3日休んでムズムズしてきて、やりたくなったらやればよい。

  余裕を持ってやる事。


3.思い込み、既成概念。

  事実と思い込みは違う。

  悪い思い込みは止める、いい思い込みをする。

  例えば、初心者にも出来るんですか?という質問があるとします。

  これはそうではありません、やるんです。

  いい思い込みをする事です。



最初から最後まで、端的で非常に分かり易い言葉でお話しています。

この音声と一緒にセールスレターを読めば(45ページ)さらに良く理解できます。

特にこのセールスレターだけでも読めば読むほど味があります。


セールスレターの最後の追伸に次のような言葉が有りました。



追伸:もしかしたら、あまりの量に圧倒されてしまい、とても自分にはこなすことが出来ないと思うかもしれません。

しかしながら忘れないでください。

これは、「大百科」なのです。


あなたは、百科事典や辞書を、はじめのページから最後のページまで、隅から隅まで一文字逃さず読んだりしますか?

しないですよね。

この教材も同じです。


一度ザーッと聞いてくれてもいいですが、一気に全てを理解しようとするのではなく、全てを実践しようとするのではなく、あなたのステージ合わせて少しずつやっていってほしいのです。


そう、まさに百科事典のように、何か困ったら該当箇所を聞く、書き起こしを読む、などというように。


それを繰り返すことで、あなたが日本語を不自由なく使えるようになったのと同じように、ネットで不自由なく稼ぐことができるようになり、もう二度とお金に困ったりすることはなくなるのです。


この追伸もセールスレターの中のフックなんでしょうね。


自分は、この文章で180日かかろうとも、やってやろうじゃないかという気を起こさせる素晴らしい追伸でした。

次回も、ネットビジネス大百科奮闘記をご紹介します。

お楽しみに。
  


和佐大輔と木坂健宣のネットビジネス大百科






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【2007/06/29】  この記事のURL | ネットビジネス大百科 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
和佐大輔氏と木坂健宣氏のネットビジネス大百科
もういい加減、いつまでもあなたを稼がせる事が出来ない”クソ企業家の言うことなんて聞くのはやめませんか・・・・


わずか一ヶ月・・・約20通のメール・・・たったそれだけで2億円稼ぎ、

クライアントにも総計9億円以上稼がせた二人の男の頭脳を全て手に入れ、

いつでも好きなだけお金を稼げる人生というものを楽しんでみたくないですか?



この衝撃な過激な言葉でスタートしたのは、


あの真・ブログ解体新書の著者の一人和佐大輔氏と、彼の友人でありパートナーでもある木坂健宣氏のネットビジネス大百科のセールスレターの冒頭部分です。


和佐大輔氏のメルマガで、5月30日まで限定で発表し、6月15日より一般公開され、自分は6月の19日に購入しました。

和佐大輔氏とは、昨年10月の真・ブログ解体新書購入以来の仲です。

現在インフォトップやインフォカートのランキングを爆走中です。



普通一般の人が聞いたら非常にむかつくだろうなという沢山の言葉が,自分は新鮮さと何故か心に安らぎを感じました。


それは45ページのセールスレターの中にちらばめられた沢山の、心に響くキーワードのせいでしょう。


これを木坂さんはこれをフックといい、ユニークプラス興味を掻き立て、さらに先まで知りたくなるという事です。







和佐大輔と木坂健宣のネットビジネス大百科


例えば、

今のネット界の金の亡者と化して、未知なものから金の最後の一滴まで搾り取っている人間に対し、

あなた達はネットにおける公害です・・・
一秒でも早く、さっさと消えうせてください・・・



手足が完全に動かず、キーボードすら口にくわえた割り箸で打つしかない私が、
1日15時間以上根ながらたった一年で一億円以上のキャシュを手に入れた方法を
”今ここで”全て公開します。

これは現在、和佐大輔氏の自分自身の状況です。


「フルマーケティングだか何だか知らないし、ナントカマーケティングとか言われてるみたいだけど、俺に言わせればきちんとしたマーケティングを仕掛けて”必然的に”儲けている奴なんて、日本のネット界には一人もいないね。」

これは木坂さんが吐いた一つの名言であり、真理です。



あなたは、何が書かれているか分からない本を本屋さんで買いますか?


商品の中身が分からないのにお金を払うなんて、福袋以外ではありませんね、
ですから、今からこの商材がどんなものか、そして含まれる内容はどんなものかを、
一部ですがお教えします。



「普通の値段で売りやがったら、二度と口きかねーから」


この商材を出すに当たって、木坂さんからもらった激しい言葉です。

「普通の値段とは例えば300ページのマニュアルで29800円とか、そういった値段と思います。」



「他のザコと一緒のことするなら、俺はお前とも仕事をしない」


まだ木坂さんのこの言葉が頭から離れません、


「お前、値段を爆発的に安くしただけで、本当に購入者のことを第一に考えているといえると思ってんの?」

って返事もらいました。


究極の「ありえない保証」


和佐大輔とあなたのお約束


1.この教材を購入して180日間、聞いたり読んだり、ゆっくりでいいのであらゆることをしてみてください。もしも何らかの理由で気に入らなかった場合(声が気に入らないとか、ただ何となくとかでも構いません)、


メール一通であなたがお支払いになった金額を、1週間以内に全額返金いたします。


その際、決済手数料や振込み手数料などあらゆる費用をこちらで負担いたしますので、安心してメールしてください。



2.もし180日を過ぎてしまっても、この教材の中で話されているテクニックやノウハウを実践していただいたことを示していただければ、そしてそれにもかかわらずキャッシュを思うように手にできていないということであれば、購入後365日まで同じように全額返金いたします。


この場合も、かかった手数料などは全て私が負担いたします。


3.万が一返金を申し出てこられたとしても、教材は全てあなたのものです。返品する必要もありません。私と木坂さんを信用して、貴重な時間を割いてくれたあなたへのお詫び、そして感謝の気持ちだと思っていただければと思います。


4.この保証を悪用すれば、あなたは文字通り完全にタダでこの教材の全てを手に入れていただくことが出来ます。


しかし、そんなことをする人はいないと信じているからこそのこの保証ですので、返金を申し出てこられたあとも、私たちとあなたは変わらず仲間であることを誓います。


和佐大輔


冒頭で、何故自分が心洗われる清清しい気持ちになった理由がお分かりと思います。

まれに見る壮挙、快挙です。

自分は180日間の長期の目標設定が出来、二人に感謝します。

これからも機会ある度、自分の進み具合に合わせて奮闘記ご紹介します。

日給8万円と合わせてお楽しみ下さい。


”ネットビジネス大百科”万歳。




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【2007/06/27】  この記事のURL | ネットビジネス大百科 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
石川さゆり、呼吸するように歌う
「うたの呼吸を壊す事。これが今の私のテーマなんです。」



この衝撃的なタイトルに、一発でひきつけられました。

4月8日、日経新聞載っていた、あの有名な演歌歌手”石川さゆりさん”の”究める”詩歌・教養の欄のタイトルです。


思わず聞き返しました。



「壊す」という事はどういうことか。
 
「生活している時の呼吸は決して一定じゃないのにうたの呼吸は規則正しい。




驚けばハッと息をのむし、うれしい時、悲しい時、いろんな呼吸がある。


声、呼吸でもっと生々しく歌えるんじゃないか、そろそろきれいに収めるだけじゃなく。正直なものをポーンと出せるんじゃないかな」



出だしがこんな感じで始まった新聞記事を目にした時、いつもの演歌歌手とは何か違うフレシュな瑞々しさ、爽やかさを感じました。



早速、ご紹介します。


石川さゆり




自分でなるほど、そうかそうか、うんうんといいながら紹介する始末となりました。

何卒、聞いてみてやってください。


デビュー三十五年。「狭霧の宿」でシングル百曲となったベテランは、自ら歩みそのものに挑んでいるかのようだ、


「耐え忍ぶ女」ではなく、強い意志を持ち自ら生き方を切り開く女性像が良く似合う。

シングルマザーとして生きてきた私生活にも通じるものがあるのではないか。


こう水を向けると、一瞬意外そうな表情をしたが、

すぐ、『津軽海峡・冬景色』からして{『さよならあなた・私はかえります』ですね}とうなずいた。


極め付きは「あなあたを殺していいですか」とすごんだ『天城越え』(86年)。



それまでの清純派イメージから白や水色でなく、赤いドレスを着て歌っただけで苦情が来た。


「それでも引っ張ってきたんですよ」。

イメージでなく、歌そのものの力でヒットにつなげた自信をのぞかせる。


『風邪の盆恋歌』(89年)以降は、自ら制作にかかわってきた。


「自分が何を表現したいか、意識して感じられる自分でいるために、心身のコンデションを維持するのが課題かな」



こうして呼吸するように歌い続けるのだろう。




余談になりますが、あなた殺していいですかの”天城越え”は発売された当時、表現の過激さに大きな反響を呼びました。


数少ない自分の大好きなレパートリの一つです。


5~6年前、真夏に自分の奥さんと一緒に河津七滝を登って、旧道からワサビ沢から寒天橋をとおり、旧天城トンネルを抜け、浄蓮の滝の手前まで、約6時間、エンエンといって伊豆の踊り子コースを、逆方向に歩いた事を思い出しました。


風の盆恋歌は、越中おわら節の哀切感に満ちた旋律にのって、坂が多い街の道筋で、無言の踊り手たちが洗練されたおどりと、悲しげな音色を奏でる呼吸の調べが、聴く者を魅了してやみません。


石川さゆりさん、後世に残る大名曲に栄光あれ。

なかなか結構な新聞コラムでした。


次回もしっかり送りますので、

お楽しみに。/strong>



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【2007/06/11】  この記事のURL | 石川さゆり | CM(0) | TB(1) | ▲ top
矢沢永吉、不器用だから止まらない
日経新聞の中で、矢沢永吉氏の記事を見つけました。


4月29日、詩歌・教養欄の“究める”のページです。


すごく意外感あり、日経の中で矢沢の永チャンを取り上げるなんて、かっこいいすね。


書き出しはこんな感じです。


『団塊世代が退職したら、郊外に移り住んで悠々自適だって言うじゃない。


冗談じゃないよ。

リタイアなんてしたら本当に屍になっちゃう」


五十七歳の矢沢永吉の闘争宣言だ。


「歳をとったからこそ、単純なガッツが必要だ」


相変わらずかっこいいすね~。


キマッテイルもんね。


何故、矢沢の永ちゃんを取り上げたかというと、実は自分、昔から根っからのファンだったのでした。


広島から夜汽車で上京して、”成り上がり”スーパースターの名をほしいままにした。


年齢を重ね「まいったなー」と頭をかいてもサマになる男。


そんな矢沢を支えてきたのは、ある種の臆病さだ。


『屍になる」というように、時々の不安と対峙してきた。


キャロル結成まで、


1968年、高校を卒業と同時に広島から、トランクとギターとアルバイトで貯めた5万円を握り締めて最終の夜行で上京。


が横浜で途中下車。(ビートルズが港町の出身で、横浜も港町ということで途中下車したとは、本人談)。


チャイナタウンなどで働きながらバンド活動を始める。


横浜、横須賀、川崎などのライブハウスやキャバレー、兵隊の集まるゴーゴーークラブで歌う。


余談になりますが、中区横浜スタジアムから大桟橋にいく大通り沿いに、”洋食 梅香亭”というレトロ風の洋食屋があります。


裁判所の真向かいの、本当に昭和のにおいがプンプンの、洋食屋さんです。


中には古いウイスキーのポスターや、カレーライスやハヤシライスを食べながら一杯飲るというような、知る人ぞ知るという、横浜でも隠れた名所でもあります。


十何年か前、オーナーの名物おばあちゃんに聞いた事が有りました。


このレストランの二階に、キャロル時代の永ちゃんが何年か下宿していたそうです。


いつも飲みに行くと、外国旅行の大好きなオーナーの美代子おばあちゃんが、楽しそうに永ちゃんの思い出話をしてくれました。


名物おばあちゃんも今は亡くなり、少し寂しいです。


横浜って中々いけるでしょう、、、、このような話をさりげなくするんだもんね。


日経新聞、”究める”記事の紹介です。
拡大にしてご覧下さい・


矢沢永吉



いまさら矢沢の永ちゃんのこと、紹介するまでもありませんが、こんな事を思い出しました。

かなり昔の話になりますが、仕事で車を運転しているとき、ラジオのディスクジョッキーが曲紹介している最中に、


突然矢沢の永ちゃんのかなりトッポイトーンで、ビッグにいこうぜ、ビッグ、ビッグだぞと、ガナリ立てていたこと、強く印象に残っています。


確かその時、未だキャロルをデビューして間もない頃だったと思いますが、十メートル先のタバコやにも、キャデラックで行って、ハイライト一個をぴゅっとかえるぐらいの男になりたいですね、といってた有名語録を思い出しました。


最後に、

どこまで走り続けるのか。

「不器用だからね。

うまく止まれないんですよ。

転んじゃいそうで」


週に三度は、「べろんべろんになるまで」酒を飲む。

「明るいうちからホテルのバーでドライマティーニ、最高だね」

長距離走者にも休息は必要だ。


最後の最後までかっこいいすね~、シビレマスワ。

矢沢の永ちゃん、

ハートに汗して、永遠のスーパースターに乾杯。

いつまでもビッグでね。


次回もまた熱いやつを送りますので、乞う、ご期待!

お楽しみに。



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【2007/06/07】  この記事のURL | 矢沢永吉 | CM(2) | TB(4) | ▲ top
岳友への鎮魂から絵に没頭、山には青春のにおいがある
1960年代に本格的な登山ブームがやってきた。


スキーや登山用品のエバニューという会社は、有望市場としてトップクライマーの芳野さんや、人気スキーヤーの三浦雄一郎さんを講師に迎え「山としキー映画の夕べ」を全国展開をした。


ちょうど1964年この頃、高校生だった自分は三浦雄一郎氏の講演を聞きに行った事を思い出しました。

三浦雄一郎さんは、その頃今のように有名ではなく、あるスピードスキー世界大会で170km位か、すごい記録出して知る人ぞ知る、世界の人でした。

非常に懐かしいですね。


「五文足のアルピニスト」と言われる、新田次郎の小説「栄光の岸壁」のモデルとなった芳野満彦氏のコラム第5弾、最終回です。



日経新聞3月16日の夕刊、ひとスクランブル、「人間発見」のコラムです。


芳野満彦氏 山岳画展 ギャラリーです。
非常に綺麗なパステル画です。
是非ご覧下さい。

http://www.gallery-eizo.gr.jp/artists/yoshino/index.html


1968年から72年にかけて、新田仁郎の小説「栄光の岸壁」が雑誌「山と渓谷」に連載された時期でもあります。



日経新聞3月16日の夕刊、ひとスクランブル、「人間発見」のコラムの紹介です。


芳野5-1



芳野5-2



芳野5-3



芳野5-4



芳野5-5




第一線を退いた吉野さんは、アフリカ(キリマンジャロに7回登攀)やヒマラヤのトレッキングガイドを勤める傍ら、詩と絵の世界に没頭していきます。

絵には山で逝った友への鎮魂の思いがこめられていた。


芳野満彦氏 山岳画展 ギャラリーです。
非常に綺麗なパステル画です。
是非ご覧下さい。

http://www.gallery-eizo.gr.jp/artists/yoshino/index.html



「ホットタウン」1997年7月号に、このような記事が載っていました。


芳野さんは山の絵も有名です。


「絵が好きで、芸大を目指しました。不合格でしたが、今も絵筆を握り、山岳雑誌『岳人』の表紙絵を描いています。

展覧会も地元や東京で開催、5月も六本木のギャラリー東京映像で開きました。

絵は山で見つけたものです。

仲間には星、花の研究家になったものもいます。

山に何かがあるということは、こうしたことです」


これからの夢は、外国の山の見えるところで暮らす事。


「今はネパールのカトマンズで小さな家を仮、一年のうち、4ヶ月暮らしています。

生活費が安いのも魅力です。

日本の山とスケールの違うヒマラヤなどは、見るだけでもいいですね」


登山への注意は。


「無理しない事。
山は決して逃げません。
また、山登りを楽しむのも大切。
準備で資料を読んでワクワクしたり、帰って来て写真屋絵の整理したりと、一生楽しめます。」


吉野さんならでの良い言葉ですね~。


重度の障害を持ちながら雪と岸壁に青春を燃やし、世界に踏み出したその生き方は、次の世代に引き継がれ、

植村 直己(エベレスト日本人初登頂、マッキンレー冬期単独初登頂語消息を絶つ)



長谷川 恒男(史上初のアルプス三大北壁冬期単独完登、ウルタル2峰登攀中ナダレに巻き込まれ遭難死)

加藤 保男(第2次RCC同人、冬期エベレスト世界初登頂語遭難死)

今井 通子(女性初のアルプス三大北壁完登)


田部井 淳子(女子登攀クラブ、女性として初のエベレスト登頂者)さんらが世界に羽ばたいていった。


青春譜『山靴の音」は長く読み継がれる。

現在は、「新編 山靴の音」の文庫本が発行されているので読みやすいです。


今回、新聞で偶然芳野満彦氏の記事を見つけ、四十数年ぶりに昔の恋人を見つけたような感覚でした。

それから堰を切ったように、昔の山の本を物置の中から探し出しては読む毎日でした。

おかげでブログの更新もさっぱりせず、仕事もそっちのけで山の本を貪り読む始末でした。

一辺で昔の青春の山に行ってた日々が、竜巻のようによみがえって来ました。

自分も体は昔のように動きませんが、近くの丘や野にハイキングに行ったりはしています。


話に聞くと、吉野さんも8年前に脳梗塞を患ったり、腫瘍の手術もされたと聞いていますが、

しかし、僅かな痕跡を残す程度で、水戸の住まいと東京を一人で往復するなど、障害を乗り越えた闘志は今でも健在です。

画人としても、無為自然の山頭火の境地を行くが如しです。


芳野満彦氏、永遠に栄光あれ。


最後に、吉野さんの言葉、
山には青春のにおいがある。

次回も面白い記事を探してきて発表しますので、ご期待乞う!

楽しみにして下さい。



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【2007/06/01】  この記事のURL | 山岳画家芳野満彦 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
マッターホルン攻略、妻に「われ北壁成功せり」 組んだ仲間、翌週墜死
1956年、槙有恒隊のヒマラヤ山系マナスル初登頂の成功に触発され、にわかに登山者が増加した。


何故山に登るのかの問いに登山家ジョージ・マロリーは「山がそこにあるから」と言ったが、吉野さんの答えは明快だ。


「そこに希望があるからだ。だから僕は、涙して歩く」と。


「五文足のアルピニスト」と言われる、新田次郎の小説「栄光の岸壁」のモデルとなった芳野満彦氏のコラム第4弾です。


日経新聞3月15日の夕刊、ひとスクランブル、「人間発見」のコラムです。

1950年から徳沢園冬季山小屋番を始めてから、吉野氏はその徳沢園を足場に穂高蓮峰で徹底的に岩にくらいついた。


積雪期の岸壁が嬉しくてしょうがない。
岩登りは3点確保が基本、片足は使わない場合が多い。

腕は人の数倍も鍛えていたので、小さな足でもさほど苦労はない。

彼はこの時期、北アルプスの岸壁を積雪期を含め、次々に初登攀しています。


1957年3月、前穂高四峰正面岩壁、積雪期初登攀。

パーティー、前園陽太郎、久野泰山、加藤幸彦、高田光政、芳野満彦。


1957年8月、北穂高滝谷グレポン、初登攀。
パーティー、中村保、中村正、芳野満彦。


井上靖の「氷壁」でのステージにもなった、あの有名な滝谷です。


1958年1月、北岳バットレス中央稜、積雪期初登攀。
パーティー、奥山章、甘利仁郎、吉野弘、小板橋徹、芳野満彦。


1958年3月、剣岳チンネ正面岩壁、積雪期初登攀。
パーティー、吉野弘、田中浩司、芳野満彦。


1958年12月、前穂高北尾根屏風岩中央カンテ、積雪期初登攀。
パーティ、吉野弘、小板橋徹、吉野満彦。


パーティーのメンバーをみると、この時代のそうそうたるトップメンバーです。
特に吉野弘氏とは3回組んでますが、「垂直に挑む男」の著書で有名な吉野弘氏です。


日経新聞3月15日の夕刊、ひとスクランブル、「人間発見」のコラムの紹介す。


芳野4-1



芳野4-2



芳野4-3



芳野4-4



芳野4-5



1962年に結婚し(苗字が服部と変わります)、妻に「山に行く事だけは許して欲しい」と釘を刺した。

国内の岸壁を登り尽くすと翌年、身重の妻を残しヨーロッパアルプスのアイガー北壁へ日本人で初めて挑戦する事になった。

アイガーというのは、スイスのベルナー・オーバーランドにある標高3974mの山。

アルプスの中では、それほど高い山ではないが、その北面の岸壁は、標高差実に1800m、頂上から山麓まで文字通りナタで抉り取ったような凹上の垂直となっていて、夏でも雪と氷で武装した第岸壁である。



更にこの岩壁の大きさと険しさは、アルプスの中でも有数のもので、同じくスイスのブァリスにあるマッターホルンの北壁、フランス・アルプスのグランド・ジョラスの腹壁と並んで「アルプスの三大北壁」といわれています。



最初の年、1963年大蔵大八氏とパートナーを組1000m附近まで達したが悪天候の為撤退、
翌年も悪天候で撤退、三度目となる65年は、渡辺恒明氏と組み最初はアイガーを目指したが、
目標を急遽マッターホルンに変更した。



アイガーは登頂を目指す日本人がひしめき、彼らと先人を争って登るのが嫌いだったからだ。

芳野満彦氏の著書「われ北壁に成功せり」に詳しく書かれています。

我北壁に成功1



日本人のだれも成しえなかったアルプス三大北壁の一つの山頂に、2日間のビバークを経て達したのです。


二人とも後から後から流れ出る涙を止めることが出来なかった
8月6日の午前10時45分、55時間25分の苦闘だった。


妻に電報を打った。


当時流行の007映画「ロシアから愛をこめて」をもじって、
「ツェルマットより愛をこめて、我北壁に成功せり」

かっこいいですね、奥さんと2歳になる娘さん、美穂さんあてに感謝の気持ちを込めて。


パートナーの渡辺恒明氏は、この困難なマッターホルンの1200mの氷の壁をほとんど一人でトップを引き受けて、芳野氏の痛めた足をカバーしてくれたそうです。


芳野氏は昔の凍傷で切断した足先から、血が噴出してきていて、歩いて降りてくるのも大変だったのです。


それでも最後頂上まで20、30mのところで、「芳野さん疲れたから代わってください」と言って
自分を立ててくれたのが、とても嬉しかったそうです。


その一週間後の悲報だった。

このあと、芳野氏は足の負傷が酷いのでアイガー行きを断念、渡辺恒明氏はあらたに高田光政氏とパートナーを組んでアイガー北壁に挑戦しました。



快調に登っていた二人でしたが、頂上も間近で渡辺氏が滑落、高田氏も負傷したが、高田氏一人徹夜で救助を求めに降りたが、残念ながら間に合わず渡辺氏は墜落して亡くなりました。


偉大なアルピニストに、合掌!!!ご冥福をお祈りします。

マッターホルン登りながらで渡辺氏が撮った芳野満彦氏の写真です。

我北壁に成功2


芳野満彦氏がsけっ治したマッターホルンと頂上の十字架です。

マッターホルン1


マッターホルン頂上



今回はココまでですが、次回、芳野満彦氏シリーズ最終回となります。

内容濃くやりますので、お楽しみに。

久し振りに山の本を読み返しています。



芳野満彦氏 山岳画展 ギャラリーです。

非常に綺麗なパステル画です。

是非ご覧下さい。


http://www.gallery-eizo.gr.jp/artists/yoshino/index.html


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【2007/05/23】  この記事のURL | 山岳画家芳野満彦 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
厳冬期徳沢園山小屋番に、母に見せたかったモルゲンロート
芳野満彦さんの原点である冬の八ケ岳遭難から2年後の1950年11月、彼は上高地にいた。

山への憧憬(しょうけい)はやまない。

高校を休学し涸沢の玄関口、徳沢園の冬季小屋で小屋番として半年間、社会と隔絶された孤独な生活に入る事を選んだ。


「五文足のアルピニスト」と言われる、新田次郎の小説「栄光の岸壁」のモデルとなった芳野満彦氏のコラム第3弾です。


日経新聞3月14日の夕刊、ひとスクランブル、「人間発見」のコラムです。


今回は、来たアルプス上高地からほど近い、山男たちのベースキャンプとなった徳沢園冬季小屋の小屋番を、晩秋から初夏までフルで三度、途中を含めると11回、やらせてもらった。


芳野光彦氏の著書「山靴の音」やっと見つけました。

山靴の音1



山靴の音2



山靴の音3



本の中の一節、小屋に入った最初の日、、

11月18日

徳沢園の人々は小屋じまいをすませて小雨を降る中を里に下っていった。
私はこの日の来るのを長い間じっと待っていた。

この日から本当の小屋番となったのだ。


犬と共に囲炉裏端に座り、じっと榾火を見つめ小屋晩生活第一日目は静かに暮れていった。
18日夕刻より降り続いた雪はとうとう根雪となり、徳沢園の小屋の周囲はまったく白銀の世界と化した。


この「山靴の音」は、我ら若き日頃の山やのバイブルでした。


本の中にもあるように、吉野氏はまれに見る絵心を持ったアルピニストで、素敵なスケッチと散文詩は、読むものの心を強く揺り動かしたのです。


1月15日


あまりの寒さに思わず飛び起きてしまった。


水銀柱は氷点下28度示している。
室外は32度だ。


久方ぶりに見るモルゲンロート(朝焼け)、神の生まれ出る姿、ただ一面に氷と雪、そして大雪原が、氷の岩峰が一瞬にして形容のしがたい美しい真紅の絵具で塗りつぶされる。


その瞬間は何人といえども頭が下がるだろう。
いったいこの景色を何人の人が知っているだろう。
おそらくこの姿に接した人は数える人しかいないと思う。


私にはこの神々しいまでに美しく厳かな光景を、人目でも見せたい人がいる。
いつも私が山に出かける時、心配そうな顔をして必ず家の門まで贈ってくれる母親だ。


いつも心配してくるる母親にこのモルゲンロートの一瞬間を見せたら、いったい何と言うだろう。
一度でいいから見せたいものだ。


中々名文ですね~。
何度読んでも新たな感動がこみ上げてきます。


何はともあれ新聞記事を紹介します。


芳野9



芳野10



芳野11



芳野12



芳野13



厳冬期の越冬生活が「山に生きる」不屈の精神を鍛えていった。


山小屋で大学の山岳部や山岳会の仲間と心を通じ、冬の穂高を自らも登った。
長い孤独を一匹の犬「ゴンベー」が癒してくれた。

「ゴンベーと雪崩」-犬とアンザイレンした話ー

ゴンベーは駄犬である。
だがゴンベーは大したものである。
ぼくはゴンベーが大好きだ。

で始まるエッセイは、芳野満彦氏とゴンベーの心暖まるジョークの効いたお話です。


前穂高三峰フェースに挑む時、一緒ついてきた。

ちょっとした不注意でザイルがゴンベーに引っかかり、標高差300m、距離にして1000mも転落してしまった。


死んだと思った。
ところが一つの黒点がまっしぐらに駆け上がってくる。
ゴンベーは生きていた。

人なら一日かかるところを15分で登ってきた。
荒い息に痛々しい姿に「勘弁してくれ、な、ゴンベー」僕は謝った。


そのあとゴンベーと一緒に縦走を続け、、今度は表層雪崩に巻き込まれた。

いくらゴンベーと読んで探しても見つからず、今度こそは本当に駄目かと思って、上高地の徳沢園の親父に報告すると、


「おれはナ、ナダレに会って死ぬような犬は飼わないようにしているんだッ!」
「え?じゃゴンベーは?」
「いま、おれの前でピンピンしているワ」


-僕は体がヘタヘタト崩れそうに嬉しかった。

ゴンベーは駄犬である。
だがゴンベーは大したものである。
ぼくはゴンベーが大好きだ。

中々 いいでしょう。

満彦君とゴンベーの心暖まるお話でした。


次回も「五文足のアルピニスト」第4弾、いきまっせ!!
乞う!ご期待。


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【2007/05/14】  この記事のURL | 山岳画家芳野満彦 | CM(0) | TB(2) | ▲ top
三浦半島そぞろ歩き、神武寺から鷹取山へ
三浦半島そぞろ歩きシリーズです。

連休の真ん中、5月4日に行ったんですが、その後連日出勤とアフィリのメルマガ申請もやったので、目一杯時間を取られアップロードが遅れました。


このような紀行文は、すぐアップロードしなくちゃいけないのに御免なさい。


今回もうちの奥さんと一緒の二人そぞろ歩きです。
金沢文庫駅スタートなので、朝は超ゆっくりの11時半過ぎ、お昼頃でした。

本日も快晴で最高のそぞろ歩き日和です。
さあ、出発しましょう。

逗子駅行きの電車で文庫駅から三つ目、神武寺駅で降ります。

神武寺駅



神武寺駅から神武寺の山の中まで行くには、表参道と裏参道二通りの山道があります。

今回は山の風情の多い裏参道を行く事にしました。
京急の線路に沿っていくと神武寺行きのたて看板が有りました。


タテ看板


本当に近いですね、途中いろんなものを見ながらゆっくり歩いて約30分です。

山の手前の老人ホームで、沢山の鯉のぼりを見ました。
多分、お孫さんからの差し入れでしょうね。

皐月空に沢山の元気よく泳ぐ姿は、まさに壮観です。
これだけ沢山有ると自分も元気付けられ、嬉しくなりました。


鯉のぼり1


鯉のぼり2


急に山肌が狭り沢道沿いにいくと、急に深山幽谷の態の山相に吃驚します。
住宅の密集する神奈川県のさなかにこんな空間があるとは、、、、

しばらくして神武寺の山門に到着します。


山の中腹に立つ神武寺は、創建724年、かなり古いです。

簡単に神武寺をご紹介しましょう。

神武寺説明版



医王山来迎神武寺は天台宗、高取山登山道の中腹に建てられています。

古くは、鎌倉時代に編纂された「吾妻鏡」にも源実朝が参拝した事が書かれています。
関東でも比較的由緒の古い名刹であり、自然環境のよく保たれた山岳寺院の面影をとどめています。


本堂は薬師堂で、室町末期の様式を持つ建築です。

神奈川県の重要文化財にお指定され、堂内の厨子には薬師如来坐像・日光菩薩像・月光菩薩像が納められ、他に十二神将像が祭られています。


薬師堂です、立派でしょう。

薬師寺



三浦半島八景でも有名な神武寺の晩鐘を紹介します。


神武寺の晩鐘


三浦半島八景



ここから小1時間、気持ちのいい尾根道を鷹取山山頂の展望台目指して歩きます。

途中、横浜横須賀道路のトンネルの上を通り、山頂間近の岩場には結構長い鎖が下がり、吃驚しました。

頂上そばの砕石場跡には、ロッククライマーが数人岩場にぶら下がっていました。
ロッククライミングの格好なゲレンデなのでしょう。


ロッククライミング1


ロッククライミング2


ロッククライミング3




岩場にはハーケンによる無数の穴が残り、湘南の海に近いとは思えない、一種独特な風景でした。

展望台広場で1時間かけて昼食を取りました。
浦賀の海を見ながらのおにぎりが、とっても美味しかったです。

前回約1時間かけて京急田浦駅方面を歩いたので、
今回帰り道は、磨崖仏をを通って京急追浜駅に向かいます。

20分位で磨崖仏に到着します。

昔の石切り場に作られた磨き崖仏(弥勒大菩薩像)は、昭和40年頃厨子の彫刻家によって彫られたそうです。


磨崖仏


磨崖仏説明版



ここからは、追浜駅にまっしぐらです。

約20分ぐらいで山を降り、湘南鷹取団地の街中を歩き続けると追浜駅となります。

12時に出発し、4時頃には帰れる本当に身近な三浦半島そぞろ歩きでした。

三浦半島、万歳!!!

次回、またのお楽しみに!


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【2007/05/09】  この記事のURL | 三浦半島そぞろ歩き | CM(0) | TB(0) | ▲ top
三浦半島そぞろ歩き、津久井浜より武山ハイキング、三浦富士巡り。
昨年11月以来、久方ぶりの三浦半島そぞろ歩きです。


昨日4月29日、天気快晴で最高のそぞろ歩き日和でした。
いつものよう、うちの奥さんと二人で、自分とこの会社の事務所を11時頃出発し、京急金沢文庫駅から約30分ぐらいで津久井浜駅に到着します。

三崎口駅の2個手前です。
三浦半島はいつ行ってもアプローチ時間が短いので、朝のスタートがゆっくり出来非常に楽珍です。

京急津久井浜駅前です。


津久井駅


駅前案内板


津久井浜駅より約2時間位で、標高約200M位の武山の山頂に到着します。

山頂には武山不動院が祭ってあり、江戸時代に回線問屋の船頭から浦賀水道に入る目印になり、漁師には漁場の位置を確認する「山たて」の場所として、三浦半島一帯の人々から「武山のお不動さん」と厚く信仰されてきました。


早速歩いてみましょうね。

駅からすぐかぼちゃ畑や、ソラマメの畑の間をゆっくり進みます。
畑の中を歩くのも、中々乙なものですよ。


道の脇に古ぼけた赤い鳥居があり、その奥にちょこっと座った祠に静けさを感じます。

古い赤い鳥居


祠へ3


    
暫く歩くと道端に道祖神の石仏群が有りました。
古い時代の馬頭観音、庚申塚と思います。

石仏1へ4



石仏2



石仏3



途中、津久井浜観光農園のハウスで、今が旬のイチゴ狩り、真っ最中でした。
6月、7月はスイカ狩りや、メロン狩りが十分楽しめます。
山の分け入る口にこんな変わった赤マント地蔵を見つけました。
可愛さと何か不思議な感じを受けました。


赤マント地蔵


こんな低い山でもこのような急な登りが約10分間続きます。
山の中は気温が5℃位低く、ヒヤァッと寒いくらいです。


急な登坂



さあ、頂上です、武山不動にお参りしましょう。
静かな山の中から急に俗世界に戻った感じでにぎやかになりました。

武山参道



武山不動院



武山説明版



また武山不動は2000本のつつじでも有名で、4月の連休はいつも咲き見ごろとなりますが、今年は早めに咲き終わりの花になっていました。

つつじ1



つつじ2



展望台からの眺望は三浦海岸をはじめ、遠く房総、伊豆、大島等一望できる絶景でした。

展望台絶景



これから更に30分くらい尾根沿いに歩くと、砲台山(204m)三浦富士(183m)に到着します。
三浦富士は富士山に見立てた山岳信仰で、7月8日には江戸時代から伝わる伝統行事「お焚き上げ」が行われ、武山と共に、漁師たちの会場からの道標で有りました。
三浦富士の頂上です。


三浦富士1



三浦富士2



ここから約1時間、急坂を転がるように降りていくと、京急長沢駅に到着しました。
途中、急なため降りる際ロープの張っている場所もあり、なかなかもものでした。

長沢駅



実質3時間半の山歩き、すぐ自宅に帰れる便利さ、これからも病み付きになりそうです。

次回もお楽しみにして下さい。


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【2007/05/01】  この記事のURL | 三浦半島そぞろ歩き | CM(0) | TB(0) | ▲ top
小さな足、血を流し歩行訓練 1年後には谷川岳へ
前回、センセーショナルの見出しでご紹介した、新田次郎の小説「栄光の岸壁」のモデルとなった芳野満彦氏のコラム第2弾です。

日経新聞3月12日の夕刊ひとスクランブル、「人間発見」のコラムです。


17歳の芳野満彦氏の少年が、八ヶ岳から九死に一生を得て生還したが、両足のつま先を切断、つま先よりかかとの骨のほうが出っ張って見える12センチの足になってしまった。


吉野氏のかの有名な通称「12文足のアルピニスト」と言われる所以です。

早速自宅の古い本をあたって見たら、見つけました。


栄光の岸壁



昔の本はブックカバーに入っていたんだと、改めて思いました。
そういえば現在ブックカバーを使用している本、中々見当たりませんです。

肝心の芳野満彦著の「山靴の音」はどこへ行ったか見つけられません。
この本は何度も読み直して、いわば自分の山のバイブルみたいなものでした。

残念です。

でもこんな本も有りました。

氷壁



風雪のビバーク



「風雪のビバーク」は、松濤明氏の遺稿集です。

芳野光彦氏が八ッ岳で遭難したすぐ後、槍ケ岳の北鎌尾根を縦走中に二人で遭難死します。
その時松濤明氏が死の直前まで手帳に「足が凍え腰まで凍ってきた」と「風雪のビバーク」という遺稿集を残しました。

上記三冊は、神田神保町の古本屋街で見つけたものです。
当時自分は20代の前半位で、いつも懐寂しく、ピーピーしてました。

芳野光彦氏はつま先切断後、今から考えると信じられない位の超特訓を重ね、半年後にはやっとフラフラしながら外に出る事が出来たそうです。

1年後の5月、弟と谷川岳に行き、思い通りに行かなかったので帰って徹底的に歩行訓練をしました。
その夏には兄貴と白馬岳に行き、頂上まで登れたそうです。

まさに超人ですね、今時この様な事をしたら、超人ではなく多分狂人と呼ばれんじゃないでしょうか?

何はともあれ、芳野満彦氏の「山で育てた不屈の闘志、第2弾」をゆっくりご覧下さい。

新聞記事が横に長く、デジカメで要領よく取れなくて何枚にもなりました。
多少醜いですが、クリックして拡大してご覧下さい。


芳野満彦4


芳野満彦5


芳野満彦6


芳野満彦7


芳野満彦8



父は早大商学部教授でワンダーフォーゲルの部長、男5人兄弟の2番目で、末弟は東京五輪でボートのコックス、他はみな山男という山一家だったそうです。

これからは凄まじい限りの吉野氏の山歩きが始まります。

我ら青春の1ページを飾った、「五文足のアルピニスト」芳野満彦氏の山歩きを堪能してください。

次回も気合を入れて書きますので、お楽しみに。

乞う、ご期待!!!


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芳野満彦4

【2007/04/27】  この記事のURL | 山岳画家芳野満彦 | CM(1) | TB(0) | ▲ top
八ヶ岳で遭難、足先失う わらじを食べてしのぐ
今回のセンセーショナルなブログタイトル、突然で吃驚しましたでしょう。


実は、3月12日の日経新聞夕刊の人間発見のコラムで見つけました。

自分自身もこの記事を拝見した時は、約40年も近くタイムスリップしたかのようでした。


1968年~72年にかけて新田次郎の小説「栄光の岸壁」が雑誌「山と渓谷」に連載され、実在のモデルとなった人物です。

本当に懐かしく昔の友人にあったかのようです。

ある程度山をやった方なら必ず覚えている名前です。


「単独行」の加藤文太郎氏、「風雪のビバーク」の松濤明氏、そして「栄光の岸壁」の芳野満彦氏です。

その松濤明氏もあの有名な井上靖の小説「氷壁」のモデルでもあり、同じ時期に槍ヶ岳の北鎌尾根を縦走中に遭難死しています。


自分自身も17歳~25歳まで、かなり密度の濃い山歩きをしてました。

最初は東北の山から始まり、関東での近場、秩父、丹沢からスタートすると、当然北アルプス、中央アルプス、南アルプスを目指し、それからさらに立山連邦、後立山、剣岳を目指しました。


予行日帰りの出来る谷川岳は、ホームグランドのように数え切れないくらい通いました。


何故かほとんど単独行、厳冬期の1月~2月だけをはずし、12月始めの富士山に登った時は初めてアイゼンとピッケルを使用し、師匠がいないので登ってくるベテランの方のやり方を真似て憶えました。

この時期の自分の憧れの人、伝説の人が芳野光彦氏だったのです。

その方が現在、75歳で画人として無為自然の山頭火の境地をいくかの如く、元気に水戸と東京を一人で行き来していると聞き、嬉しく思いました。

確か昭和23年(1948)に12月の八ヶ岳で遭難し、11日目に奇跡の生還、その時の凍傷で両足のつま先全部切り落としたと聞いています。


昭和23年(1948)は、自分が生まれた年でもあり強烈に印象に残り、自分も八ッ岳に谷川岳と同じ回数位何度も通いました。


時には吉野氏と遭難死した八巻氏が辿ったルートをなぞなえながら登った時も有りました。

まさに青春の一ページでした。


先ずは日経夕刊人間発見、山岳画家、芳野満彦氏をご覧下さい。
新聞記事はキャスナーを使うとバイト数がバカデカクなるので、デジカメで撮りました。

クリックし、拡大してゆっくりご覧下さい。


芳野満彦1



芳野満彦2



芳野満彦3



芳野氏の凄まじいほどの山への熱い情熱、その後の強烈な人生の生き様に共感を覚え、突然タイムスリップしたかのよう、あの頃の自分自身にあった潜在意識が溢れるように湧き出した来ました。

その気持ちが非常に新鮮に感じ、また自分が再度心が洗われる爽やかな感覚になりました。

この気持ちを皆様にお伝えしたく、ブログに紹介しました。

この連載は計5回、後4回シリーズでご紹介します。

いまどき、これほど徹底した山歩きをしたり、人生に向かっていった人を見たことがありません。

結構良い刺激になりますので、お楽しみにして下さいね。

乞う、ご期待!!!


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【2007/04/25】  この記事のURL | 山岳画家芳野満彦 | CM(2) | TB(0) | ▲ top
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